デス・オーバチュア
第192話「電光旋風破皇槍」




「…………」
オッドアイは地上に降り立った。
黄金の光輝はセレナだけを跡形もなく消し去り、地上には何の損害も与えていない。
いや、損害ではないが、氷の大地が元の海と焼野(やけの)に姿を戻していた。
「セレナ、まだ生きて……いや、誰だ!?」
オッドアイの背後の焼野に実体を持たない『影』が出現する。
その影は何物の影でもなく、影が影だけで単体で存在しているのだ。
地を這う平面(二次元)の影から、フード付きのローブのような一枚の布切れを被った立体(三次元)の影法師(人の影)……影王シェイドが浮かび上がる。
「誰だか知らないが消えろ!」
オッドアイが振り返り様に真王聖剣を一閃すると、解き放たれた黄金の光輝がシェイドを呑み込み一瞬で完全に消滅させた。
「なるほど、実に見事な『光』ね……」
聞き覚えの無い女の声。
声のした方を振り向くと、左手の人差し指を唇で咥えた、茶髪のストレートロングに濃い赤眼のスラリとした長身の女性が立っていた。
黒のタートル(首に沿って筒状に伸びた襟のシャツ)とジーンズ(丈夫な細綾織りの木綿布のズボン)、赤いジャケットを羽織っている。
彼女の胸元には、血のように赤い宝石のペンダントが輝いていた。
「誰だ? 人間?……いや、そんなわけないな……魔族か?」
オッドアイは女の正体を計りかねる。
普通の人間レベルの力の波動、混じりっけのない純血の人間の臭いをさせながら、女は得体の知れない畏怖を感じさせた。
「あららぁ〜、せっかく、私がシェイド(あなたの爪一つ分)の代わりにオッドアイの相手をしてあげたのにぃ〜」
女の背後の空間に、ふわりと軽やかなにセレナが出現する。
「ちっ……」
オッドアイはセレナの生存を目撃し舌打ちした。
「余計なことをしてくれたわね、セレナ……」
「そうかしら? オッドアイも一応魔王、それもあなたにとってまったくの未知数の存在……一応実力を確かめておいた方が良くない? フィノーラのように……うふふふふっ」
セレナは女に背後から抱きつき、耳元で囁く。
「私に彼の能力を見せるために戦ったと……?」
「うふふふふ、ちょっと遊んだだけよ〜。でも、シェイドよりは役に立ったでしょう? オッドアイの実力の『半分』を引き出すのは、シェイドでは流石に無理だったでしょうしね」
「…………」
女は咥えていた人差し指を唇から離す。
彼女の人差し指の爪は綺麗に無くなっていた。
「これでも、全開……限界を超えて頑張ったのよ、大切なお友達のあなたのために……ねぇ〜?」
セレナは潤んだような熱い眼差しを向けながら、甘く囁く。
「…………」
女は無言で、左手の甲を裏拳のようにセレナの顔面に叩き込んだ。
「痛っ!? 痛ったぁい〜」
「切り札(ジョーカー)を二枚も残したままで、全力とは片腹痛いわね。それと、恩着せがましい上に気持ち悪い……」
「気持ち悪いは酷いわ……こんなにあなたのことを慕っているのにぃ〜……本当にいけずなんだから……」
セレナは、女の首筋にフッと息を吹きかけると、女の再度の裏拳が飛んでくる前に、背後に飛び離れる。
女の二発目の裏拳は空を打った。
「感じた?」
「……ええ、寒気がして鳥肌が立ったわ……気色悪くて……」
女は左手で首筋をさすりながら、本当に気分悪そうに言う。
「あはははっ! ごめんなさい〜、次はもっと気持ちよくなって貰えるように、頑張るわね、うふふふふ……」
「……とにかく、本当の姿も隠したまま、自分専用の武器も使わず『全力』などとよく言えたものね……」
「ええ、だから言ったでしょう? この姿で素手ではこの辺が限界ってね、うふふふふっ!」
「…………」
女は、呆れ果てたように、息を吐いた。
「おい、僕を無視して、何を話している!?」
オッドアイがゆっくりとした足取りで、女とセレナに歩み寄ってくる。
「やだぁ、オッドアイ、嫉妬ぉ〜? そうねぇ……あなたのことも嫌いじゃないから、一晩ぐらいならつきあってあげてもいいわよ〜」
「何を言って……?」
「でも、ごめんなさぁい〜、私の心はもう彼女の奴隷なの、うふふふふ……」
「ふざけるな!」
オッドアイが一閃した黄金の聖剣から、シェイドを一瞬で消滅させた黄金の光輝が放たれた。
黄金の光輝は、女の横を掠め、セレナへと迫る。
「きゃはははははっ!」
セレナは四枚の黒鳥の翼を羽ばたかせて、天空へと逃れた。
「怖い怖いぃ〜、うふ、うふふふふふふふっ、うふふふふふふふふふっ」
怖いと言いながら、とても愉快そうに薄笑う。
「ちぃ! 今度こそ完全に消し……て!?」
いつの間にか、オッドアイの懐に『見覚えのない女』が潜り込んでいた。
さっきまで、セレナと話していた女とも違う。
黒よりも冥(くら)い紫……ダークパープルのクラッシクロリータなドレスを着た白髪の女だ。
「闇の? いや……」
一瞬、ある人物と見間違えたというか、思い出すが、即座にそれを否定する。
「父親よりは勘がいいっ! ディーペスト・クロー!」
「な、があぁっ!?」
紫黒の輝きを纏った右手がオッドアイの胸に叩き込まれ、彼を一瞬にして地平の彼方へと吹き飛ばしてしまった。
「あらぁ、優しい〜」
ダークパープルの女……アンブレラの背後に、セレナが降り立つ。
「今ので殺れたのに、わざと、貫くでも、剔るでもなく、突き飛ばすなんて……」
「あんな子供を虐めても仕方ないでしょう」
アンブレラが眼前に寄せていた右手から、紫黒の輝きが消えた。
「あははははっ! 文字通り子供扱い? あれでも魔王の端くれなのに! あはははははははははっ!」
「さっさと帰るわよ、万が一戻って来られる前に……」
背後で大笑いしているセレナをおいて、アンブレラはさっさと歩き出す。
「……んっ?」
「うふっ?」
アンブレラが足を止めたのと、セレナが笑いを止めたのはまったくの同時だった。
立ち止まったアンブレラは、左手に持っていた日傘を差す。
次の瞬間、轟音と共に空を駆け抜けてきた巨大な電光が、彼女の差したばかりの日傘に直撃した。



「……当たった?」
「珍しいこともあるものですね」
電光の大爆発の中心地を取り囲むように、三人の人物が姿を現した。
一人目は電光を撃ちだした張本人である、巨大な十字架を片手で持ち抱えた幼い修道女。
彼女の服は修道服にしてはスリットなどが入っていて露出が多く、首輪や手枷や足枷などの鉄の枷と鎖が付いており……かなり妖しく不自然だった。
二人目は、両目を閉ざした翠色のマントの人物、男なのか、女なのか、性別不明な容姿と雰囲気をしている。
三人目は、レースやフリルの大量についた可愛らしい黒いドレスでありながら、どこか退廃的、古典的な雰囲気を醸し出す……ゴスロリと呼ばれるファッションの黒髪黒目の女性だった。
ランチェスタ、セリュール・ルーツ、Dの限りなく魔王に等しい存在である三人組。
セリュール・ルーツことセルなど等しいも何も、元南の魔王だった。
「珍しいってどういう意味よ、セル?」
「言葉通りです。あなたが狙って当たるなど殆ど奇跡ですね」
「あのね、たまには当たるのよ! たまには!」
「情けないことを誇らないでください。大体、自分でも当たったことにさっき驚いていたではありませんか?」
「うっ、それは……」
「…………」
Dは、ランチェスタとセルの会話には加わらず、ゆっくりと晴れていく電光の爆発を無言で見つめている。
「……やっぱり、無傷ですわね」
爆発が完全に晴れると、Dの言葉通り、日傘を差して立っている無傷のアンブレラが姿を現した。。
「セレナは……逃げたみたいね、素早いこと……」
アンブレラは軽く息を吐き出す。
背後に居たはずのセレナの姿は無く……爆発で消し飛んだのではなく、爆発の直前に自分だけ撤退したようだった。
「彼女達に自分の存在を知られたくないのか、これ以上手の内を『私』に見せたくないのか、それとも、私の手の内を……戦うところが視たいのか……全部正解って感じね」
アンブレラは日傘を閉じる。
巨大な電光の直撃を受けながら、日傘はまったくの無傷だった。
「まったく、大した『お友達』ね……」
アンブレラは口元に苦笑を浮かべる。
最初から、セレナのことは友とも思っていないし、欠片も信用などしていない……とは言え、『見捨てて自分だけ逃げた』ようにしか見えない行動をここまで堂々とやってくれるとは思わなかった。
「でも、残念ながら、私に手の内を晒させるには……彼女達では役不足よ!」
アンブレラが左手をグッと握り締めた瞬間、彼女の足下の影から、三つの新たな『影』が飛び出す。
「げっ!?」
「そういうことですか」
「…………」
飛び出した影が全て『シェイド』に転じると、三人に襲いかかった。
『……千影手(サウザンド・シャドウハンド)……』
三体のシェイドがまったく同時に声を出し、それぞれ背中から千本の影手を生やす。
「…………」
影手が攻撃を仕掛けるよりも速く、Dは一体のシェイドの真横を駆け抜けた。
彼女の右手にはいつの間にか、怨讐の十字架が変じた白銀の剣が握られている。
「二度も『影』などにつきあう気はありません」
光輝の線が編み目のようにシェイドの全身に走ったかと思うと、次の瞬間、細切れになって崩壊した。
崩壊し飛び散った無数の肉片……というか影の欠片は一秒と待たず、全て日の光に溶けるかのように消滅する。
「っ……数体同時だとどうしても一体一体の動きが単純で緩慢になってしまうわね……」
アンブレラは、いきなり独りでに生爪が剥がれた左手の小指を唇で咥えた。
「……貴方が本物の影王シェイドですわね」
Dは白銀の剣を、数メートル先に立っているアンブレラへと向ける。
「ええ、そうよ。貴方がこの前、倒した私(シェイド)は爪一つ分の分体……まあ、分身のようなものよ。最大十体まで同時に生み出し操ることができるわ」
アンブレラは唇から離した左手……爪の無くなった小指を、Dへと見せつけるようにかざした。
「なるほど、爪一つ分の分身ですか……それでは、いくら倒しても、貴方には爪一つ分のダメージしか与えられないのも道理ですわね……」
アンブレラは、Dと向き合って会話しながらも、二体のシェイドを巧みに操ってランチェスタとセルを攻撃し続けている。
「セル……コレに手こずれば手こずる程、わたし達がフィンスタアニスより弱いってことになっちゃうわよ……」
ランチェスタが振り下ろした白銀の巨大十字架が、シェイドの無数の影手によって受け止められた。
「ちっ……」
十字架を回転させて、十字架を掴んでいた影手達をなんとか引き離すと、ランチェスタは後方に跳んで間合いを取る。
「あなたの攻撃は威力はあっても大味で繊細さがありませんからね……しかし、器用な……Dと話をしながら、千×千……二千の手を操りますか?」
セルが、自分に迫る千の影手をかわしながら、興味深げに呟いた。
「馬鹿ね、そんなわけないじゃない! 半ばオート(自動操縦)よ、コレ……とっ、危ない……」
千の影手は執拗にランチェスタを追いかけ回す。
「なるほど……こと戦闘においての直感的観察力は流石ですね、ランチェスタ」
ランチェスタに賛辞を送りながら、セルもまた千の影手を回避し続けていた。
「あなたが難しく考えすぎるだけよ! 多角的分析なんかしなくても、実際に戦えば肌で解るでしょう、普通?」
「直感……本能で生きてますね、相変わらず……」
「それ、誉めてる? それとも、貶してるの?」
「さあ、どちらでしょうね……翠玉突風(エメラルドガスト)!」
セルの言葉と共に、突然の翠色の強風がシェイドに直撃する。
だが、シェイドは消し飛んだり、吹き飛んだりはせず、微かに『風』に揺れただけだった。
「薄紙のような手応えですね……それとも柳ですか?」
紙にしろ柳にしろ、今の強風なら普通はもっと吹き飛ぶか、揺れ動くはずである。
「降雷(サンダー)!」
ランチェスタが相手をしていた方のシェイドに、凄まじい雷が落ちた。
しかし、シェイドは何のダメージもなかったかのように平然としている。
「それなら……」
ランチェスタの周りに次々と光り輝く球体……雷球が生まれていく。
「百雷弾(ハンドレットサンダーブレット)!」
百発の雷球が一斉に放たれたが、全てあっさりと千の影手で掴み取られてしまった。
「あっ……」
影手達が掴んでいた雷球を全て同時に投げ返す。
「この馬鹿……翠玉嵐(エメラルドストーム)!」
セルが微かに左手の二本の指をクイッと動かした瞬間、大地から翠色の竜巻が発生し、影手がランチェスタに投げ返した雷球の流れ弾を全て呑み込んだ。
「こっちにまで迷惑をかけないでください、ランチェスタ」
「あはははっ、ごめんね」
二人は会話をしながらも、シェイド達の千影手から逃れ続けている。
ランチェスタとセルは互いの背中を合わせる形になった。
「雷嵐(サンダーストーム)!」
「翠玉暴風(エメラルドサイクロン)!」
天からの無数の落雷と、地を荒らす爆発的な暴風が二体のシェイドに襲いかかる。
「やっぱり、この程度じゃ足止めにしかならないか……」
「Dと同じ『存在』のようですね。自然の雷や風では一瞬微かな影響を与える程度……かなりの魔力……いえ、かなりの想いを込めないとダメージも与えられない」
落雷と暴風で二体のシェイドが動きを封じられている間に、二人は並んで走り出した。
「理屈の上では、あなたの嘆きの十字架と聖奏至甲でも、Dと同じ事ができるはずですよ」
「無茶言わないでよ、嘆きの十字架をあんな高速で触れるわけないでしょう! それにフィンスタアニスがあんなあっさり倒した影相手に、聖奏至甲を武装するなんて、わたしのプライドが許さないわ!」
「なんですか、その変なプライドは!? Dだって怨讐の十字架を剣化させたんですから、あなたが聖奏至甲を纏うのと変わらないでしょう!?」
「微妙に違うのよ! 聖奏至甲はフィンスタアニスで言うなら断魔姫剣にあたるんだから……」
「馬鹿ですか、あなたは!? 対をなす十字架といっても武具と防具なんですから基本コンセプトの段階で……」
「ゴチャゴチャうるさい! あなただって、Dに効くような切り札の一つや二つや三つぐらいあるでしょう! 出し惜しみしないで何か使いなさいよ!」
二人は走り続けながら、話し合いなのか、いがみ合いかなのか、よく解らない会話を行っている。
「翠玉終極掌(エメラルドエンド)ならかなりのダメージを与えられるでしょうが……一撃で滅せるかどうかは微妙ですね……」 
「わたしの場合は電光爆砕(ライトニングエクスプロージョン)で殺れるかどうかね……嘆きの十字架を使った技だと出が遅いというか、隙が大きいから、当たるかどうか自信ないし……」
「仕方ないですね……こうなったら……」
「ええ、仕方ないわね。わたしも同じこと考えたわ……」
「では、やりますか?」
「やるわよ! ちゃんとついてきてよ、お婆ちゃん!」
「偽幼女こそ足を引っ張らないでくださいね!」
二人は同時に立ち止まっると、二体のシェイドの方を振り返った。
落雷と暴風はすでに消え去っており、自由を取り戻した二体のシェイドが並んでこちらを追ってきている。
「電光(でんこう)……」
前衛に回ったランチェスタが両手を頭上に掲げると、両掌の間の空間に雷を集めだした。
収束され、圧縮された雷が一つの形を成していく。
巨大な、巨大すぎる雷光できた槍だ。
雷光神槍(ライトニングスピア)。
電光神槍は以前、セルと戦った時の三倍以上の大きさをしていた。
「旋風(せんぷう)……」
後衛に回ったセルが両手を前方に突き出すと、身長差の関係で、セルの両掌はランチェスタの頭の上……電光神槍の柄先にあたる。
セルの両掌から発生した強烈な螺旋状の風が、電光神槍を筒のように包み込んだ。
電光神槍が螺旋状の風……旋風の流れのままに超高速で回転を開始する。
「破皇槍(はおうそう)!!!」
二人一緒の叫びと共に、旋風の中から電光の槍が撃ちだされた。
螺旋状に超高速回転する電光の槍は、二体のシェイドを纏めて撃ち抜く。
撃ち抜かれたシェイド達はその衝撃で呆気なく、完璧に消し飛んだ。
電光の槍はシェイド達を撃ち抜いても、その勢いはいささかも衰えず、Dとアンブレラ達が向き合っている直線上を駆ける。
「つっ……!」
アンブレラの左手の中指と薬指の生爪が独りでに弾け飛ぶようにして剥がれた。
「やっぱり、片手間……殆ど自動操縦ではこんな……」
「…………っ!」
Dが体を横に思いっきり捻ったかと思うと、弾かれたように跳躍する。
「なっ……」
今まで、Dの背中に隠れてアンブレラには見えていなかった電光の槍が、Dの体が僅かにズレたため姿を見せた。
「加速蹴(ブーストシュート)!」
「くっ……!?」
Dは、己の真横を通過しようとする電光の槍の柄先を、回転蹴りの要領で思いっきり蹴り飛ばす。
急加速した電光の槍は、アンブレラに直撃し大爆発を起こした。









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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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